BOOK/3.11後の建築と社会デザイン/三浦展・藤村龍至 編著


文字通り、3.11が露わにした国家としての日本が抱える、今の社会のありよう(課題)を建築を通して考える様々な分野の人々が集まったシンポジウムを記録した本である。

しかし、最も印象に残ったのは、建築関係のことではなく、この本で初めて見かけた次のフレーズである。
「成長路線という経済の論理はまったく被災していない。」

つまり、3.11をきっかけにして、いろいろな事柄が、振り返えられ、変えるべきは変えようと、皆が考えているこのさなかにも、
経済のやり方だけは、変えようとする動きが希薄である点を問題提起している発言である。

...そんなことを考えてもみなかっただけに、ハッとさせられた。
土木、建築、造園、デザイン、等の工学系?のコラボは当然これからも、当たり前にしていかねばならないのだが、法律、および経済の人たちとも膝詰めで対話していかないと、社会デザインという課題(目標)は解けないのだと、再認識した次第。

がしかし、身近なところの接点がなかなか思いつかない。これは、確かに難問だ。と同時に、チャレンジしがいがありそうだ。

2011.12.14

「終わりなき未完成を生きる」by 内藤 廣氏

2011年12月03日、土木学会 第7回景観・デザイン研究発表会のオープニングセッションにて、
内藤廣氏の講演を聴いてきた。

話は、三陸に通う日々のことから始まった。
言語化はまだ出来ていないが、行くたびに「教えていただいている感」の方か強いとのこと。ただし、なんとなく・・・という無意識の感じがとても大事だとの思いは、より確かになってきた。
たとえば、仮設住宅、なんとなく住めないよな、という人々の気持ち。人の心の問題に「なんとなく」の大事さが凝縮されるとのこと。これ、とても強調されていた。
(....多分、そんな仮設住宅しかつくれない法律や行政の問題を揶揄していたのでは?、と思われるが、そういったダイレクトの発言はなかった)

今までもそうだった気がするが、これからも、出来るだけ多くの価値に触れながら、「なんとなく」という感じの無意識から何かを引っ張り出したい。無意識を掘っていく姿勢、ものづくりをする人間として、それを忘れないでこれからもやっていきたいとのこと。

そこで話は転じて、北野謙氏の「our face」(下のエントリ参照)の写真を見せて、いろいろな日本人約3000人の集積が、やさしい顔であることを紹介。motherがそこにある気がするとおっしゃって、優しさこそが、心の糧になるといったニュアンスを発信。

そして、海の博物館を見せ、失われたものの収蔵庫であると紹介。木造船はFRP船になり、コミュニティ、文化も変質した。そして、失われて初めて浮かび上がる過去のノスタルジーがあって、そこに「失われたものに再生の予兆をみる文化」が立ち上がる、そういったものが日本にはある,とのこと

話は展開して、グンナー・アスプルンド「森の斎場」へ。
キリスト教では火葬は最悪の儀式だったが、バイキング時代の火葬の伝統をベースに、当時の墓地不足という社会問題を建築家が創造した「幸せの風景」によって、解決した事例として紹介。
また、礼拝堂へ向かう門には“遺された者”の言葉として「今日はあなた、明日は私」と刻まれ、森の墓地のエントランスには「今日は私、明日はあなた」と“遺された者”の言葉と対をなす“逝く者”の言葉が刻まれているエピソードが紹介された。

ここで、北野謙氏のour faceを引き寄せ、そこで語られているメッセージ「重なり続ける一枚の肖像はあなたの肖像であり、同時に全部の人の肖像です。」を森の斎場の言葉と対比させ、

これからの私たちの指針として「終わりなき未完成を生きる」 覚悟が求められるのだとした。

加えて、「空間価値から時間価値へ」のシフトがこれからのテーマであり、
どれくらい豊かな時間を過ごせたのかと言う問いかけに
我々は真正面から向き合わないといけないとした。

景観に終わりはない。
制度的にも法律的にもすくい取れない価値、それをどうするかが問われているのだとし、
HOME(ホーム) をつくれるのかどうか? 
ホームスタジアム、ホームタウン、ふるさと、.... ホームと名付けられる帰ることができる場所...
もしかすると、景観とは、最大のホームかも知れない、...
そして、そこに叡智と創造力が求められているとして、講演は締められた。

2011.12.11

北野 謙氏の写真にみる 積層表現の新次元


メッセージと写真が一体化している、そんな印象の写真家です。
実際、北野氏のHPでは、メッセージと共に数枚の写真を眺めることが出来ます。

たとえば、「our face プロジェクト」では下記のようなメッセージが記されています。
...少し長いですが、引用させていただきます。

何枚もの肖像のネガを均等に正確に重ねて焼き付けていく・・・。
原宿の少女、東京の会社員、南の離島に暮らす人々、房総の漁師、etc。
10人、20人、・・100人と人数が増えるごとに、印画紙の上に浮かび上がる肖像からは、この輪郭が溶け、年齢や表情すらも曖昧な「our face=私達の顔」が立ち現れます。
(中略)
いま、globalと言う言葉が盛んに使われます。本当に世界はグローバルになっているのでしょうか?どこか、アメリカとか東京とか、ある一つの「中央」を中心にしてそこから円を描くように内側に向かって、均質な人間やイデオロギーが存在してゆく構図があるばかりのglobalにも思えます。その均質な円の周辺や外側にいる人々、そこに入ることを潔しとしない人々を排除したり、無視していくような構図があるようにも感じます。世界に中央など存在しません。世界はたくさんの「ローカルの集積」によって成り立っているのだと私はイメージします。盛んに言われるglobalと言う言葉を、そんなふうに、個やlocalの集積として、誰もが持っている顔というイメージのなかに捉え直そうというプロジェクトです。
重なり続ける一枚の肖像はあなたの肖像であり、同時に全部の人の肖像です。
北野 謙 2005年1月 
(引用終わり)

どうでしょう? 引き込まれませんか?

また、「溶融する都市」シリーズでは、
(前略)最初に撮った写真は、都心のラッシュアワーの人混みでした。35mmのフィルムに数秒間の露光で定着された、輪郭の完全に消えた人混みと都会の無機的な人工物に、一つの自分の状況論が明確に写っている様に感じました。(後略)
と、記されています。

...輪郭の完全に消えた人混み...それが、写真には雲のように焼き付けられています。
そして、一日という単位で露光する別の連作「one day」シリーズでは風景から人が消えます。花見客で賑わっていたであろう、上記写真の場所からも人影が消えています。...考えさせられます。

瞬間を切り取るのが写真と思っていたけど、北野 謙氏の写真を見て、そうでない写真表現も実に面白いし、いろんな事を考えるきっかけを与えてくれる、と感嘆しています。

【参考】北野 謙氏のHP

2011.12.11

清水行雄氏の写真にみる 白から黒へのグラデーション


被写体の陰影に引き込まれつつ、画面に映し出されている「白から黒へのグラデーション」にしびれている。それは曲面による陰影であり、光の当たる方向と平面の向きと質感が織りなすグラデーションであるのだが、なんかこう繊細な凄みを感じる。
写真から感じるこの緊張感は、そのものを創り出した人々の感覚を映し出している、ようにも思える。

「今や清水氏の目に耐えるものを作る事は、ひとつの目標」とまで山中俊治氏に言わせる力が、この写真家の眼力にはあると言うことだろうか。スポーツの世界でよく言われる、目の肥えた観客が選手を成長させる、という関係がデザイナーと写真家の間でも成り立っているのかも知れない。

【参考】清水行雄氏のHP山中俊治氏のブログ「清水行雄の眼」

2011.12.11

雑誌 WIRED について


ワイヤード。1996年前後によく読んでいた雑誌。日本版は1998年で休刊していたが、今年2011年、GQ JAPANの増刊号として変則的に復刊した。

そのジョブズ特集が第2巻として発売されたので、久しぶりに買ってみた。ここ最近、ジョブズは食傷気味なので、その肝心の記事はまだ読んでいないが、他の記事、たとえば、野球のデータ革命のサッカーへの影響、海底ケーブルの沿岸基地の写真、学術論文の新しいポータル?Mendeleyの誕生物語、など、読み応えのある記事が並んでいて、雑誌の鮮度は変わっていなかったのが嬉しい。これで480円はお買い得だ。

思い起こせば、1996年のWIREDのジョブズへのインタビュー記事に載っていた、洗濯機の買い物家族会議の話しは、印象的で、鮮烈に覚えていたが、これは、アイザックソンによってジョブズの伝記にも引用されていたので、あーやっぱりなるほど、と思ったものだ。その時の表紙は片山右京で、モータスポーツと情報化、それを人間が如何に繰るか、といったテーマが特集されていた。

これなんか、最新号のサッカーのデータ利用に関する記事に通じる論点で、この雑誌の視座が15年経っても変わらず鮮度を保っていることにも、再び驚かされている。

昔の日本版WIREDの編集長・小林弘人氏は、ネット時代の今日、フローの情報を寄せ集める雑誌は廃れ、「文脈」を編んでいる雑誌だけが生き残る、と言いきっているが、なるほど至言であると思った次第。

2011.11.27

BOOK/Steve Jobs/ウォルター・アイザックソン著/井口耕二訳


1990年からのマックユーザーであり、いわゆるAppleオタクの一人として、読まずにはおれなかった本の、ごくごく個人的な理解と感想の断片を以下に書き留めておきます。

  • ジョブズは才能ある人を見抜き、近づき、蜜月を過ごすが、その才を吸収すると、攻撃に走り、離別するというのが若い頃のパターンだったようだ。この性格でアップルを興し、そして放逐された。
  • 再起を喫したネクスト社では最高のチームと最高の製品を作り出したが事業は成功しなかった、という経験をしている。その一方、同時期に買収したピクサー社において、アートとテクノロジーの融合を再発見し、アップル復帰後の成功の礎をこの時代に築いている。
  • 人間、何が幸いするかわからない、を地でいくジェットコースター人生を経たジョブズであるからこそ、スタンフォード大学での講演のように、人の心を打つことばが自然と出てくるのだろう。でも、それは相当覚悟のいる人生への挑戦を促す言葉であり、常識的な感覚で受け取っていては火傷をするのが落ちである。時代に数人しか出てこない天才ならではの言葉でもある。
  • ゼロックス・パロアルト研究所へ出向いた時の「業界史上最大級の強盗事件」の状況描写には驚愕した。大企業の研究所で生まれていた今のITにつながるほとんど全てともいってよい技術が、Appleの若い技術陣に吸収された瞬間がみごとに描き出されている。ゼロックス側の責任者であるエンゲルバートの伝記を読んでいたので、発明のいきさつは知っていたが、盗みの現場のこの臨場感は、この本の1つのクライマックスだと思う。何かが起きる瞬間が企業と人間の物語として描かれている。
  • がしかし、あの時点でAppleが盗んでくれたおかげで今がある気もするので、一概に悪いこととは思えないところがポイントだ。経営者とイノベーションの関係をこれほど見事に示した「事件とその後の顛末」は他にないだろう。
  • この事件を境にして、盗んだモノを形にする物語が始まるのだが、これがまたすごい。不可能を可能にするための、エキセントリックなまでの彼の言動がすごい。だから成し遂げたのか?、こればかりは、読むだけではよくわからない。かの有名な「現実歪曲フィールド」は、(善意に解釈すれば、)能力のある人間からさらに一段上の成果を引き出すマジックの呪文そのものだと解釈される。
  • 若い頃の交友関係、そして結婚、家族への思い、などの物語は、iphotoやimovieのデモに出てくる家族写真やアクティビティのイメージに重なる。ひどいヤツだったのだけれども、最後には良き家族に恵まれた幸せな人になったのだという、印象だ。アップル復帰後の製品イメージにどことなく流れていた家族に対する愛は、彼の家族の状況がそうさせていたのだと、思った。

きりがないので、この辺で。

2011.11.05

シンポジウム「武庫川からはじめる総合治水」


兵庫県主催の標記シンポジウムを聞いて来た。
レジュメはこちら

井戸知事がリーダーシッップをとって、武庫川の総合治水を進めようと言う気概が感じられた。
一方、武庫川流域住民の壇上への参画が無かったので、この会自体は行政側への働きかけが主題であったのかもしれない。印象に残ったことは下記の通り。

1)基調講演:島谷先生「樋井川における流域治水」
流域市民(行政、企業、住民、学校、etc...全員のこと)がそれぞれ雨水貯水を実行し、
流域から40%の流出抑制を実現しようとする市民会議運動の報告。
治水のためという単目的の運動でなく、福祉、教育を巻き込み、最終的にはまちづくりの基盤となるような活動を目指しているとのこと。市民ひとりひとりにとって、魅力的で、民間資金も流入するような活動でない限り、これからの土木事業は成り立たないとの信念がバックにある。
いつもながら、元気が出る講演でした。

2)シンポジウム
樋井川はボトムアップ型、大学教授が要となる市民会議主体の運動で既に実践中のもの。
武庫川の方は、10年前の貝原知事が表明した治水ダムの白紙撤回をベースにした
 武庫川治水の再検討会議=武庫川流域委員会が、7年の歳月をかけて議論してきた成果
 をもとにした行政活動開始宣言をかねた龔のシンポジウムというもの。
目指すところは似ているものの、規模と背景が違うことはまず認識が必要。
治水というリスクマネジメントの視点だけでなく、漁獲、親水等のめぐみの視点を対等に
 組み込んだ、リスクとめぐみの総合マネジメントという考え方が大事。
たとえば、米づくりにしても、氾濫原にだけで作付けするのでなく、棚田のような
 いろいろな場所で作付けしていたのはリスクマネジメントの一環ではないかと言う視点。
 五穀豊穣もしかり。多様性の視点が重要。
お母さん方に支持されない運動は根付かない、広まらない。防災どんたくにフラダンスが
 あってもかまわない。(要は楽しむこと、広めること。そこで広報していくこと。かな?)
減災対策:想定外にも融通を利かす対応のこと。事前対策、最中の対策、事後の対策(保険など)
樋井川の雨水タンク設置で、水に対する意識が高まった。→今起きている自然現象を
 身近に置くことで、学習機能が働き始め、意識がかわる。
小学校では雨が降らないと(植物への水やり)水がなくなるという現象を通じて
 資源教育になったとのこと。
行動に結びつく情報伝達。フローの情報、ストックの情報、両方大事で、
 いざというときに活かすためには自覚、自律のための教育が不可欠。

2011.09.23

日本美術にみる橋ものがたり at 三井記念美術館

東京日本橋の三井記念美術館にて開催中の「日本美術にみる橋ものがたり〜天橋立から日本橋まで〜」展を観てきた。

改めて感じたのは、橋に反りは不可欠と言うか、よく似合うと言うこと。それは此岸から彼岸へのかけはしという意味にも合致する。反りの頂点がその分岐点を表すからだろうか。
と、そうゆう感想を持った時に目に飛び込んでくる八つ橋。直線の折れ加減が目に刺さる。あー、これは視線をデザインした橋だとわかるし、あまり此岸から彼岸へのイメージも想起させない。散歩の橋だ。

にしても、北斎は橋が好きなんだなと、改めて納得、というか勝手にそう思い込む。「諸国名橋奇覧」の数々といい、「百橋一覧図」といい、橋への愛を感じる構図が楽しい。そして、極めつけは広重の「大はしあたけの夕立」。圧巻の江戸景観図

...橋好きの方は必見かと思います。(7/9〜9/4まで)      2011.0715

「東日本大震災 いま、あなたに何ができるのか」by 田坂広志氏

今、内閣官房参与として政府で働いている田坂広志氏が参与の内示を受ける前に行っていた講演を簡潔にまとめたプレゼンテーション。まだ、見ていない方は是非ご覧ください。
TED Tokyo 2010の映像もどうぞ。 2011.0612

槇文彦氏 講演会 「建築家とはどのように生きるべきか」

JIA主催の槇文彦氏のトークセッション?を聞いてきた。1時間ほど一人語りで、建築家としての半生を伺い、その後、山崎氏と倉方氏とのセッションを楽しむという趣向だった。

話しは子どもの頃の原風景から始まった。原っぱや路地、そして友達の家に遊びに行くと、間取りが全部違っていた記憶。etc...振り返ると、人間の生涯は偶然の産物であるなという感慨。

群れる、一人でいる、という対比と共存の指摘はぐっときた。一人になれる空間。それが絵になる空間。そうゆうパブリックな場所というものの重要性を語られていた。建築がどう使われているのか、その事実に向き合う大切さを語られ、ユーザーこそ最も大事と指摘。ただ、施主の言ったとおりにやると言うことでなく、彼の潜在的要望をかたちにして提供するところに、建築家としてのプロフェッションがあると説いていた。(激しく同意!)
最後のまとめは次のような言葉。

空間 外部と内部の差は存在しない。   時間 記憶と経験の宝庫
   機能を包容し、かつ刺激する。      都市と建築の調停者
   人間に歓びを与える           建築の最終審判者

山崎氏とのセッションで印象になるフレーズは次の通り。
クオリティーが大事。つくる歓びは人間の本性。建築家だけが喜ぶ建築はだめ。空間、コミュニティーをエンパワーする事が大事。創造性を発揮する場面にこそ人間は引きつけられる。対象は建築であれコミュニティーであれ、同じ。消費されない空間が大事。経営の理論ばかりでは駄目。賑わいがないと寂しい空間は駄目。孤独は私(槇)の故郷。人間の本性として必要。背後に人間に対する信頼。今そういう議論が少ないのが、気になる。建築は矛盾した要求を引き受けるところに醍醐味がある。...実に有意義な講演会であった。その場所におれた幸せがあった。

2011.0610

魔法の洗濯機 by Hans Rosling from TED

産業革命における最も偉大な発明は何だったか
ハンス・ロスリングは洗濯機だと唱えます。
経済発展と電気が退屈な洗濯の日を知的な読書の日に変身させたと... 
興味がわきましたら、TEDで確かめてみてください。グリーンエネルギー政策への眼差しも少し変わってくるかも知れません。
プレゼンはここをクリック   2011.05.28

BOOK / 津波と防災 三陸津波始末/ 山下文男 2008年発行

東日本大震災2011.0311の3年前に発行された本である。(後輩に勧められて読んだ次第。)著者は1982年以来この種の著作を10冊世に問うてきた。曰く

「これらの著作や講演の中で私は、大量死という、津波災害の分けても忌まわしい特徴を明らかにするとともに、三陸津波をはじめ、津波災害の歴史的教訓に則して、機敏に避難すること、避難させることが津波防災の究極のテーマであると訴え続けてきた。災害で失われるものは数多いが、命より大切なものはこの世にない。この単純な考え方が、少々おこまがしいが私の防災思想の確信なのである。」

さらに、
「...○○教授は、災害は本質的には社会現象であり「先祖たちの痛切な体験がたちまち風化して子孫に伝わらないのは悲しいことである」と指摘して、被災体験伝承の重要性を強調しておられる。
同様の考え方に立つ私は、数年前から国または県による「津波伝承館」の設置を提唱して方々にはたらきかけてきた。然し、残念ながら、先の短い私の生存中には実現が難しいようである。中央防災会議のメンバーを含む錚々たる学者・研究者の賛同を得、激励も受けたのだが、結局は、民間の一研究者の言として、軽く聞き流されてしまった感じである。納得できないのは、趣旨には賛成だが、政府には金がないから?などとお先回りし、はじめからあきらめていることである。かつて1935年、義務教育課程に地震知識の教材を取り入れるよう、文部大臣の出席する集会で舌鋒鋭く迫り、ついにはそれを実現させた今村明恒博士が存命であったなら....と思わずにはいられない。...」

ひとりの社会人として、誠に耳が痛い。自分の身の回りでも同じように、はじめからあきらめていることはないか? 次世代に禍根を残すようなことを見過ごしていないか? ....
そこを自問することが、0311を境に多くなっていたが、本書を読んではっきりした。
自分なりの弔いの仕方が...

2011.05.15  

ウメサオタダオ展 at 国立民族学博物館

連休中にウメサオタダオ展をみてきた。「文明の生態史観」ではなく、「知的生産の技術」の世界が拡がっていた。

展に触発されて二十数年ぶりに読んだ「知的生産の技術」によれば、彼はレオナルド・ダ・ビンチに倣って、手帳をつける習慣を若いころに獲得している。そして、それを発展させてカード式の整理方法やファイリングといった知的生産の技術にいきついた推測されるが、著作は、彼自身が既に実践していたこと(やり方=技術)を人々にわかりやすく解説したものであり、多くの人がそれに感染した、ということらしい。

カード法は歴史を現在化する技術であり、時間を物質化する方法である。といった名言も多い。

展をみるうち、情報に対する理解もとてつもないモノであったことを初めて知った。コンピューターが計算機として理解されていた時代に、すでに現在のような情報機器としての可能性について語っている。こんにゃく情報論なんて面白いことかつ本質的なことを、遙か昔に言及している。何なんだろう。おそるべし梅棹忠夫、との感想をもって館をあとにした。   2011.05.12  

BOOK / コミュニティデザイン 人がつながるしくみをつくる/ 山崎亮

著者は37歳、8名程の事務所(Studio-L)を率いて、日本中に散らばるプロジェクトを手がける実務者であり、いろいろな大学の非常勤講師を務めてきた教育者でもある。(この4月からは京都造形芸術大学教授に就任、教育活動の拠点を一つに絞ったようだ。)彼のプレゼンを何度か聞いたことがあるが、すばらしく上手である。聴衆を引き込む力量はスティーブ・ジョブズ並だ。そんな著者が、これまでに取り組んできた仕事を自身の言葉で解説したのが本書である。

まちづくりは、そこに暮らす人が主役であるべきなのだが、してもらうことに慣れきった人々をその気にさせることは、実に難しい仕事である。それを、彼は爽やかに、さらっとやってのけてしまう。その秘訣が語られている。人を動かすマネージャー、ファシリテーターとしても一流であることが、よく判る。「まちづくり」に取り組む人、必読の書である。

「僕たちの仕事は地域に住む人の話を聞き出すことからはじまる」「モノをつくるのをやめると人が見えてきた」、「100万人の人が一度だけ訪れる島ではなく、1万人の人が100回訪れたくなる島」、「課題を見つけたらすぐに企画書を書くこと、必要に応じて何度も何度も書き直すこと」「デザインは社会の課題を解決するためのツールである」、「状況はまだまだ好転させられる」...
宝のような言葉が次から次へと出てくる。 すごい人が登場したモンだ。これからのますますの活躍が期待される。

2011.05.12  

デュッセルドルフの市街地再開発事業 Kö-Bogen


街のシンボルでもある華やかなケーニッヒスアレーが、街のセントラルパークのようなホフ公園(HofGarten)に突き当たる場所にアーチ状の水際線がある(参照:デュッセルドルフmap)。そのあたり一体の再開発をKö-Bogen(Kö:ケーニッヒスアレーの愛称、Bogen:アーチの意味)と呼んでいる。(再開発事業ホームページ

事業はまず、下に紹介した高架橋を取り除き、その代替となるトンネル、そして水際線を際だたせる建築、の完成を2013年までに。さらにトンネルの延伸を2015年までに、というのが計画のあらまし。トンネル工事は既に開始されていて、高架道路の撤去は2012年4月の予定。

この一体には、オペラハウスや一流企業、高級商業施設が集積しているが、それらとホフ公園との接続をよくし、高級オフィスを立地させて場所の価値をさらに高めようというのがこの事業の目的だそう。その中核を担うのが、ダニエル・リベスキンド設計の建物。いつものようにエッジが切り込まれた意匠だ。(参照:プロモーションビデオ

ボストンのBigDigもそうだけど、都市の道路はどんどん地下化して地上を歩行者に開放していくのが、もう既定路線ですね。デュッセルドルフは無借金都市だそうだけど、体力のある内に次世代が喜ぶインフラを整備するという、この当たり前の戦略が実行されているのを見て、我が日本を振り返り、忸怩たる思いをしているのは僕だけだろうか?...

2011.04.10  

My Favorite Bridges [2]  Jan-Wellem-Platz Elevated Road


お気に入りの橋:第2回目は、エンジニア;レオンハルト他とアーキテクト;F.タマスの共同設計のヤン・ベラム・プラッツ高架橋(1962)。

約50年も前のものだとは思えない、この橋に初めて知ったのは1982年、大学研究室で見たレオンハルト著「Brücken / Aesthetics and Design」に掲載されていた写真。こんなにきれいな高架橋があるんだと感心し、さっそく翌83年のバックパッカー旅行で実物を見に行った。その時の写真が左端のもの。デュッセルドルフを訪れたのが日曜日だったため、商業施設はお休みで賑わいは体験できなかったが、デザインディテール、橋桁がトラム停留所の屋根のような役目を担っていること、等いろいろと勉強になった。(その他の写真はネットから拝借)

特にメタル橋脚にコンクリートの橋桁という組み合わせは、地震国の日本では受け入れがたいかも知れないが、足を細くして、天井を魅力的な形に仕上げるという意味では、誠に理にかなった組み合わせだ。類似事例として、カラトラバのシュタデルホーフェン駅を紹介しておこう。

さて、高架橋としてはきれいな部類に入るこの橋だが、都市の空を塞ぐ厄介者であることには変わらず、街の再開発の流れの中でトンネル道路に置き換えられるようだ。これについては次のエントリーで...

2011.04.10  

My Favorite Bridges [1]  Töss Footbridge


時々、お気に入りの橋を紹介することにした。
第一回目は、マイヤール設計のテスの人道橋。大学図書館でこの写真を見て、感動した気持ちがそのまま昂じて橋の世界を志した、個人的に忘れ得ぬ橋である。今は右隣の写真(重山氏のサイトより拝借)ように全景を望めないようで、残念な限り。(支間は38mと結構なもの)

1933年完成と言うから、サルギナトーベル橋の3年後、マイヤール61歳の時の橋。曲線をうまく処理したシュバントバッハ橋も1933年の完成。遅咲きのマイヤールの代表作が量産された年代の作品の一つである。

ということは、後に知ったのであって、初めて見た時には、ただその美しさに見とれたのである。路面両端の梁をランガーのように補剛する薄板のアーチ構造の構成。視覚的にも実にバランスが良い。

がしかし、←この写真(google street view)から判るように、傾斜堤防に接続する1パネルを歩道拡幅のために擁壁内側に埋め込んだために、この橋の軽快さを印象づける端部の納まりが損なわれることになっていて、この点もまた、残念な限りである。

2011.04.09  

東北地方太平洋沖地震

2011.03.11.14:46ごろに発生した東日本巨大地震(東北地方太平洋沖地震)。すでに発生から2.5日が経過しようとしているが、時間が経つにつれ、被害の大きさが明らかになりつつある。

揺れで被害にあった構造物も多々あるのだろうが、今のところの印象としては、津波の圧倒的な威力の前に、結果として無力だった土木インフラの姿である。あんなにすごい外力を設計荷重とするのは構造物設計の範疇を超えているとは思うが、ソフト的な、備えとしての避難工学的なもの(要するにリスク工学)が不足していた、と思う。そして、今回の災害を教訓に、これからはその複雑な課題に取り組む研究が、社会の要請として増えることであろう。(そうでなければ、なぜ、あのような場所に仙台空港を作ったのだ?という素朴な質問に私たちは答えられない。なぜ、ある人々はまだ津波はこないはずと思って反対方向に走っていってしまったのか、という問いにも。)

これは地震をきっかけに起きた原子力発電所の事故の根本にも通じることで、設計の前提をどのように考えるのかを考える学問がこれからとても大切なことになる、と思う。
想定していることは工学的に設計できるが、それ以上の事は想定外の事象であるので、工学設計としては扱わない。それはリスク工学あるいは社会学として扱うのだという、仕分けを社会に問うていかねばならない世紀に、これからはますますそうなっていくのだと認識した。文化的に浅薄な前提のもとにやたらとコスト比較に持ち込んで、自分たちで自分の首を絞めている今の設計の現状が変わるとするならば、こんなにすばらしいことはないのではないか? そう思ったりもしている。

影響範囲が全く違うが、かの有名なアポロ13号の事故と奇跡の帰還の物語と、今回の原発事故の様子はひょっとすると、工学的には類似事象かも知れない。原子力発電を選択した意味が社会的に認知されていたならば、今回、現場で奮闘している人々はきっとヒーローなのだ。

そう考えて、この災害をプラスに活かす力を自己発電しようと思います。

2011.03.13  

ロンドン貸自転車 可視化アニメあれこれ


Barclays Cycle Hire 関連のシミュレーションあれこれ。
左から順に、ステーションにある自転車の状況表示。48時間分のアニメーションが見られます。
中央のはある日の自転車の動きを追跡したもの。朝夕のラッシュ時には軌跡がそのまま街路網に。
右端は自転車利用の広報アニメーション。お楽しみあれ。

2011.02.12  

何度見ても面白いので、備忘録としてここに


Hans Rosling's
200 Countries,
200 Years,
4 Minutes
- The Joy of Stats -
BBC Four
 
動画はここをクリック

2011.02.12  

new (最近の更新情報)



LinkIcon歩道橋album:川崎ミューザデッキを追加しました。

2011.02.12  

2011年が始まりました

2011年が始まりました。皆様、明けましておめでとうございます。

昨年後半から、twitterで時々つぶやいたり、
興味深い人々のつぶやきをフォローしたりして、楽しんでいます。
そこは、インターネットのひとつの果実を目のあたりにする
知的興奮に満ちており、何かが変わる気配を濃厚に発しています。
その結果、迎える時代が地獄か天国かはともかく、
激動の時代に突入しつつあることに素直に喜びたいと思います。

本年もどうぞ、よろしくお願い申しあげます。 2011.01.01

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